鏡開きのぜんざい
こころは中国へ
昨日、思いがけず、昔のカルチャーセンター中国語クラスの教え子から
電話がかかってきた。
教え子といっても、高齢者対象のクラスだったから、
相手の方が年上。
上海に暮らして、もう7年、今77歳だから、70歳で中国へ行ったことになる。
話をいろいろしていると、青島の方で、日本語教師を募集しているという。
中国は景気がいいし、物価は安いし、円は強いし、
楽に暮らせるという話だ。
「先生、中国へ来ない?」
「うん、行く!」(即答)
いままで、中国、あるときは台湾へ仕事や留学のチャンスが何度かあったのに
ことごとく無駄にしてきた。
母親が年老いているから、とか理由はつけていたけど、(親にはもうすぐ死にそうに言われた)いまだに生きている。
今から15年くらい前のこと、あのころは母もまだ元気だった。
ただ、病気を装うのは昔からのことだ。
そして、とうとう車椅子生活になってしまった。過去が現在をつくる。
母親になんといわれようと、行くという手もあったのに、それができなかったのは
自分に勇気がなかったからだ。
このまま日本にとどまっても、営業活動をするでもなく、職を積極的に探すでもなく、
棚からぼたもちが落ちてくるのを待っているような状態。なんだかなあ。
もしや、日本からただ逃げたいだけではあるまいな。
いや、中国といえば、わたしの魂のふるさと。
母方の祖先のゆかり地京都に帰って来た跡は、
前世ゆかりの地中国へ行くというのはもっともななりゆきだと思えるし、
なんといっても、わくわくする。
それにこのまま思い切った行動もできず、人生を終えるなんていやだ。
一度上海の彼女のところに遊びに行って、青島の様子も見て、
住めそうだと思ったら、話を決めようということになった。
万難を排して、、、、
電話がかかってきた。
教え子といっても、高齢者対象のクラスだったから、
相手の方が年上。
上海に暮らして、もう7年、今77歳だから、70歳で中国へ行ったことになる。
話をいろいろしていると、青島の方で、日本語教師を募集しているという。
中国は景気がいいし、物価は安いし、円は強いし、
楽に暮らせるという話だ。
「先生、中国へ来ない?」
「うん、行く!」(即答)
いままで、中国、あるときは台湾へ仕事や留学のチャンスが何度かあったのに
ことごとく無駄にしてきた。
母親が年老いているから、とか理由はつけていたけど、(親にはもうすぐ死にそうに言われた)いまだに生きている。
今から15年くらい前のこと、あのころは母もまだ元気だった。
ただ、病気を装うのは昔からのことだ。
そして、とうとう車椅子生活になってしまった。過去が現在をつくる。
母親になんといわれようと、行くという手もあったのに、それができなかったのは
自分に勇気がなかったからだ。
このまま日本にとどまっても、営業活動をするでもなく、職を積極的に探すでもなく、
棚からぼたもちが落ちてくるのを待っているような状態。なんだかなあ。
もしや、日本からただ逃げたいだけではあるまいな。
いや、中国といえば、わたしの魂のふるさと。
母方の祖先のゆかり地京都に帰って来た跡は、
前世ゆかりの地中国へ行くというのはもっともななりゆきだと思えるし、
なんといっても、わくわくする。
それにこのまま思い切った行動もできず、人生を終えるなんていやだ。
一度上海の彼女のところに遊びに行って、青島の様子も見て、
住めそうだと思ったら、話を決めようということになった。
万難を排して、、、、








